| 19日目 2015.05.15(金) 仙台散策〜岩切 28.9km |
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宿7:50〜青葉城8:50〜亀岡八幡宮9:45〜東照宮11:40〜榴ヶ岡天満宮13:15〜薬師堂13:45〜東光寺16:10〜岩切17:00 |
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今日は仙台在住の西牧曾良と一緒に芭蕉が4日間で回った仙台の訪問先を歩きました。先ずは芭蕉の辻。正式には「札の辻」で仙台城下を東西に貫く大手筋と奥州街道の交差する場所。松尾芭蕉とは関係なく、「そこに芭蕉樹があったため」とか「政宗が重く用いた芭蕉という虚無僧が住んでいたから」などと説明されています。広瀬川を渡り少し行くと、日本フィギアスケート発祥の地の「五色沼」があります。この先から山道に入り青葉城に向います。今日は快晴で伊達正宗公も綺麗に撮れました。近くにある昭忠碑(西南戦争・日清戦争等戦没者慰霊碑、明治35年建立)の鵄のブロンズ像は東日本大震災で塔の上から落下し、その右翼と尾翼が塔の脇に保存されていました。平成26年度から保存修理事業が始まり、平成28年度には鵄の再設置工事が行われるそうです。 青葉城から下り、広大な東北大学のキャンパスを抜けながら亀岡八幡宮に行きます。360段の石段を登りやっと参拝が出来ました。杜の都仙台を代表する定禅寺通りを進んで東照宮へ向かいます。定禅寺通りでは明日から行われる仙台・青葉まつり(5/16〜17)の準備で大賑わいでした。又、毎年9月には定禅寺ストリートジャズフェスティバルが行われ、今日一緒に歩いている曾良も現役ロックンローラーとして何回か出場しています。東照宮では重文の石燈籠が迎えます。37基中、承応3年(1654)のものが31基、延宝8年(1680)が2基、天和2年(1682)が4基となっており、芭蕉が訪れた時に全てあったということです。重厚な随身門や唐門、本殿も重文指定になっています。 蕎麦屋で昼食後、榴ヶ岡天満宮へ。境内には芭蕉を始め多数の句碑があります。又、ここの御朱印は両開きで華やかなものでした。更に進んで陸奥国分寺跡に建つ薬師堂へ。茅葺屋根の仁王門、重文指定の薬師堂は趣があります。ここから先は東光寺を目指して北へ。2時間程歩いて七北田川の今市橋を渡ると正面が東光寺、山門の手前に「おくのほそ道」碑があります。東光寺付近の道は仙台の俳人大淀三千風が天和2年(1682)に出した撰集「松島眺望集」により「おくの細道」として全国的に知られるところとなりました。「此辺、浮島、野中の清水、沖の石、奥の細道、轟の橋などいふ処あり。」( 松島眺望集巻之下)。芭蕉はこの名前が心に残っていたのでしょう。おくのほそ道に『かの画図にまかせてたどり行ば、おくの細道の山際に十符の菅有。今も年々十符の菅菰を調て国守に献ずと云り』と記しています。さらに、十符の菅を求めて細い道を行きました。十符の菅があったと言われている青い屋根の家の前に行きましたが今は何もありません。隣の家の方に聞くと「昔はあったが、以前に仙台市で刈り取ったようだ」と教えてくれました。スマホで調べると岩切市民センターに十符の菅が植えられていることが判り、1q半ほど戻って市民センターへ行きました。 これで今日の行程は終了、岩切駅から仙台に戻って反省会。もう一人の仙台住人、松沢曽良が加わって楽しい宴会になりました。美味い焼鳥屋で川敬酒造「橘屋」から栗原・荻の鶴酒造「荻の鶴」へ。冷し中華発祥の店「龍亭」で〆の冷し中華を食して終了となりました。 |