59日目  2016.05.23(月)  大聖寺〜芦原  21.2km

大聖寺11:30〜大聖寺城址12:30〜吉崎御坊14:00〜芦原温泉17:00

奥の細道旅も今回が最終行程、大聖寺から大垣を経て伊勢神宮まで400q(徒歩330q、交通機関70q)を予定。「おくのほそ道」の終点は大垣ですが、芭蕉は大垣に着いて2週間後に伊勢に向っているので、私の奥の細道旅は伊勢神宮を終点としました。

初日は暑い一日でした。大聖寺は江戸時代、加賀藩の支藩だった大聖寺藩の城下町として発展し、今でも加賀市の中心。先ずは大聖寺城址へ。標高67mの錦城山にある城は本丸、北の丸、二の丸、西の丸、鐘が丸、東丸を持つ山城でここを散策しましたが、途中道が崩れているところもあり、散策というより迷走していました。東丸には「日本百名山」発刊50周年記念碑があります。深田久弥は大聖寺出身だったのですね。

大聖寺藩邸跡(現在は小学校)、関所跡を経て大聖寺川に沿って進むと吉崎御坊跡に着きます。文明3(1471)、蓮如上人が浄土真宗の北陸における布教拠点として北潟湖畔の吉崎山の頂に建立したのが始まりといわれています。更に進んで芦原ゴルフクラブの中に入って汐越の松を見ました。朝、金沢駅からゴルフ場に見学の電話予約をしておいたので、フロントに行くと直ぐに案内してくれました。時々見学に来る人がいるらしく手慣れたものです。海コース9番ホールの海沿いの砂丘に「奥の細道 汐越の松 遺跡」碑があり、脇に枯れた松の木が横たわっていました。

芭蕉は、
「越前の境、吉崎の入江を舟に棹をして、汐越の松を尋ぬ。  
  よもすがら嵐に波をはこばせて月を垂れたる汐越の松  西行
 此一首にて数景尽きたり。もし一辨を加ふるものは、無用の指を立つるがごとし。」
と記し、素晴らしい西行の歌に加えるものなど無いとしていますが、実はこの歌は蓮如上人の作だったということです。


北潟湖畔を通りながら歩を進め芦原温泉へ。今日の宿は温泉街から少し離れた「ぐらばあ亭」、中高年を活用してリーズナブルな価格で提供しているホテル、大広間でゆっくり食事をしました。

大聖寺城址 百名山記念碑 道が崩れて・・・
藩邸跡 関所跡 吉崎御坊 吉崎の入江 芦原ゴルフクラブ
汐越の松 北潟湖 夕食は一乃谷