69日目 2016.06.02(木) 白子〜六軒 35.3km

白子7:45〜一色9:40〜県庁前12:00〜超善寺14:30〜六軒17:06

今日も旧伊勢街道を探しながらの歩きです。白子の古い町並みを歩いていると旧家の前に伊勢参宮街道の道標があります。鼓ヶ浦の蓬莱橋の袂にある道標に従い右へ進路をとり近鉄名古屋線と略平行に進んでいくと上野城跡の木柱がありました。これは伊勢上野城で信長の弟信包(のぶかね)が津城の仮城として築城、後に分部光嘉が1万石で城主となり、2万石に加増後、元和5(1619)に廃城になります。天正2(1574)から天正10(1582)までお市の方と浅井三姉妹が暮らしていたといいます。

津市に入り、12時過ぎに津観音寺を参拝、浅草、大須と並んで日本三観音のひとつです。津城跡のお城公園で小休止、津球場の先で伊勢街道と一旦別れて久居の超善寺に向かいます。芭蕉は超善寺に910日に一泊しました。久居から旧伊勢街道に戻るため114号線を歩いていると道の両サイドが陸上自衛隊久居駐屯地になっていました。大きな声が多数聞こえるので見ると銃剣を突き刺すような訓練をしています。腹の底から声を出していて大迫力。流石にカメラを向けることは出来ませんでした。

旧伊勢街道に戻り、雲出川の常夜燈を過ぎると、松浦武四郎記念館がありました。昨日のマッサージ師は三重の三偉人は、松尾芭蕉、本居宣長、松浦武四郎だと。松浦武四郎は北海道の名付け親だけでなく全国を歩き回った人。何となく親近感が湧きました。伊勢街道と奈良街道の分岐点に月本追分があり、常夜燈と共に伊勢街道最大の道標(高さ310p)があります。「月本おひわけ」「右さんぐうみち」「右いがご江なら道」「左やまと七在所順道」と彫られています。更にかわいい道標も見ながら17:06に六軒駅に到着、17:11発の電車に滑り込み宿のある松阪へ。

夜はホテル近くの居酒屋「ひさのや」。マスターが釣ってきた魚や面白い表現のメニューに伊勢志摩サミットで使われた「作」や熊野古道を歩いている時に偶然立ち寄った元坂酒造の「八兵衛」などを合わせました。

道標 道標 上野城跡 三叉路の常夜燈
津観音寺 津城址 藤堂高虎像 超善寺
雲出川の常夜燈 月本追分 道標