| 湯浅〜道成寺 23.0km |
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7時半過ぎに宿を出発、先ずは湯浅の町並みを散策します。湯浅は醤油と味噌の町、伝統的建造物保存地区に指定されています。熊野古道から少し入った深専寺の山門前には「大地震津なミ心え之記」の碑がありました。碑文は安政元(1854)年11月4日に発生した安政南海地震津波により大被害を蒙った(家屋流失440軒、死者28名)湯浅村の人に対してこの大地震津波の概要を記して後人を戒めたもの。身につまされる内容です。勝楽寺境内の隅に紀伊国屋文左衛門生誕の碑がありました。8時半に久米崎王子を通過、高速道路と国道の間に挟まり入り組んだ道を何とか進んで津兼王子に到達した後、9時40分に河瀬王子に着きました。これからの峠越えを控え暫し休憩。 いよいよ鹿ケ瀬(ししがせ)峠への登りに入ります。鹿ケ瀬峠(354m)は紀伊路最大の難所。かの藤原定家も熊野御幸記で「次に又、シヽノセの山を攀昇る。崔嵬の嶮岨。巌石は昨日に異ならず」と喘ぎながら急坂を登りつめています。先ずは、熊野詣ではここで馬を留めたという馬留王子に10時に着くと、お遍路の格好をした人達と出会いました。更に進むと「ハチに注意」「まむしに注意」と書かれた看板の柵があり、ここを越えると急な登りになります。きつい坂を必死に登り、鹿ケ瀬峠まで152mの標柱の先を少し上ると法華壇がありました。11時にやっと頂上の大峠に到着、ここで小休止です。500mほど急な坂を下ると小峠の標柱があり、ここから石畳が始ります。全長503mで熊野古道で現存する最長の石畳道ですが、現代人にとっては歩き難い道です。坂を下ると金魚茶屋跡の説明板があり、この先が沓掛王子の筈ですが、見落として通過してしまいました。 黒竹の里として知られる原谷を過ぎて12時に西の馬留王子に着きました。その後、内ノ畑王子、高家王子のある内原王子神社を経て善童子王子、愛徳山王子と続き、13時45分に海土王子跡に到着して本日の行程を終了しました。そして、近くの道成寺にお参り。道成寺は大宝元(701)年創建の和歌山県最古の寺で「安珍と清姫の物語」で知られます。又、本堂のご本尊は日本で二番目に古い千手観音像とのこと。 その後、遅めの昼食(ビール付き)をとって帰路につきました。御坊から紀勢本線で和歌山へ、更に阪和線・環状線で大阪に行く電車の旅は今回の歩き旅のポイントを通過するので、全体を振り返る良い機会でした。 |