第9日目  2011.11.14(月)
大村〜永昌〜矢上    28.0km

7時半にホテルを出発、本町通りのアーケードに本陣跡の標識がありました。JR大村線を渡ると護国神社・旧円融寺庭園があります。円融寺は承応元年(1652)4代藩主大村純長によって徳川家光以下歴代将軍の位牌を祭るために創建された寺で明治維新に廃寺され、現在は大村護国神社になっています。山の斜面を利用した枯山水の石庭は見事です。隣の春日大社を経て旧道を進み、9時過ぎに鈴田一里塚跡を通過、急な階段の上にある古松大神宮を参拝すると鈴田峠(日野峠)に通じる坂道になります。この道は当時の景観が極めて良く残っている場所として「歴史の道百選」に選ばれています。道の脇には小学校の生徒が標語を添えて松の植林をしていました。1015分に鈴田峠に到着、ここは大村藩と佐賀藩諫早領の藩境です。

長閑な山道を進み、11時半に永昌宿跡に到着。駅の反対側に行って昼食にトルコライスを食べました。(トルコライス:長崎名物の一つでピラフ・トンカツ・ナポリタンにサラダを一つの皿に盛りつけたもの、大人用お子様ランチですね)
長崎県立農業大学の横を進み、農林総合センターの中の道を行くと「お馬の水」の碑と祠があります。街道をいく馬に水を飲ませた場所という。更に長崎県金属工業団地の中を抜け、長崎自動車道を越えて旧道を登っていきます。14時半に「旧茶屋の井戸」を過ぎて一里塚を通過すると「峠の茶屋跡」碑と「郡境石」があります。きつい登りを進む先に「清水の祠」がありました。この付近にはいい湧水が流れ、祠は文政元年(1826)建立といいます。早速、冷たい水で顔を洗い喉を潤しました。更に進むと「長崎街道御籠立場」の碑があり、ここが井樋ノ尾峠。民家の軒先にも長崎街道の碑が。長崎自動車道の先に橘湾を望みながら進むと「従是東佐嘉領」の御境石がありました。古賀の藤棚を過ぎて八郎川に沿って細い旧道を行き「従是南佐嘉領」の境界石、役行者神社を経て八郎橋を渡って矢上宿に入りました。17時少し前に矢上神社を参拝して本日は終了とし、バスでホテルのある長崎駅へ向かいました。

夜は近くの居酒屋へ。先客の山形から来たという同年輩のおっさんと意気投合。このおっさん、ソフトバンクホークスの長谷川(背番号30)の山形県の後援会の応援団長、日本シリーズ第1,2戦を観戦して長崎へ。2試合とも延長負けにも拘わらず、長谷川が活躍したと上機嫌、良く飲みました。因みに、山形出身の選手は他に広島の栗原とか。そうこうしている内に、岩手出身の若者が来店。こっちは西武の雄星の先輩だとか。長崎で、山形、岩手とは面白い。今日入った店は山家(山口家の口を取っただけ)、でも長崎街道の宿場にも山家(やまえ)宿がありました。
ソフトバンクホークスは、第7戦で長谷川(2安打)の活躍もあり日本シリーズ優勝。良かったですね。

大村宿 大村本陣跡 護国神社 旧円融寺庭園 春日大社
鈴田一里塚 古松大神宮 日野峠(鈴田峠) 大渡野番所跡
長閑な山道 永昌宿跡 トルコライス お馬の水 旧茶屋の井戸 一里塚跡
郡境石 清水の祠 御籠立場跡 ここにも標識 橘湾を望む 従是東佐嘉領
古賀の藤棚 従是南佐嘉領 役行者神社 矢上宿 矢上神社 山家