行田駅 熊谷堤 吹上宿碑 吹上神社
箕田氷川八幡神社 箕田碑 宝持寺 箕田観音堂
伝源経基館跡 鴻巣本陣跡碑 勝願寺 伊奈忠次・忠冶の墓
小松姫他の墓 人形町 北本本陣跡 桶川宿碑
桶川 府川本陣跡 竹村旅館 偏照院 上尾 氷川鍬神社

GWを使って距離を稼ぎました。今回は行田駅から鴻巣・桶川・上尾・大宮・浦和・蕨と高崎線沿いに歩いて、戸田橋を越え浮間舟渡駅までの48kmです。

8時半に行田駅を出発して荒川沿の土手(熊谷堤)を歩きます。間の宿があった吹上には石碑と吹上神社がありました。高崎線を交差しながら進み、10時半に箕田氷川八幡神社に到着。箕田(みだ)は、嵯峨源氏の流れをくむ箕田源氏発祥の地であり、源任(つこう)、源宛(あつる)、渡辺綱(つな)の三代がこの地を拠点に活発に活動したそうです。近くには箕田観音堂や渡辺綱が建立した宝持寺があります。

更に進んで中山道を少し外れた県立鴻巣高校のグラウンドの先に「伝源経基館跡」がありました。経基(つねもと)は清和天皇の第六皇子の長子で六孫王とも呼ばれ、臣籍降下により源氏姓を賜り、清和源氏の祖とされいます。鴻神社を経て駅近くの食堂で昼食を摂った後、12時40分に本陣跡に到着しました。石碑があるだけで当時の面影を残すものはありません。
この近くに勝願寺があります。関東郡代を勤めた伊奈忠次、忠冶親子の墓がありました。又、信州真田藩祖真田信之の夫人小松姫、信之三男の信重夫妻の墓、信州小諸藩主仙石秀久の墓が並んでありました。

更に進むと人形の店が続く人形町です。人形町の起こりは、京都伏見の人形師がここに住み着いたのに始まると言われています。高崎線に沿って進み、14時15分に北本宿碑を見つけました。北本は初期の鴻巣宿の宿場があったところで、その後は本宿とか元宿とか呼ばれて間の宿として賑わいを見せたようです。

15時に桶川宿に到着、府川本陣跡や今でも営業をしている竹村旅館があります。
近代的な北上尾駅前のモスバーガーで休憩をして、16時20分に偏照院に到着、大きく立派なお寺です。「孝女お玉の墓」や旅籠を経営する傍ら、聚生義塾という私塾を開いた山崎武平冶の墓があります。そして17時に本陣前にある上尾宿総鎮守の氷川鍬神社に着きました。

今日はここまでとし、その後は、上尾に住む会社の同僚と待ち合わせて上尾の造り酒屋が経営する文楽・東蔵で一杯。「上尾育ち」や「有機純米」など旨い酒と蕎麦で疲れを癒しました。

柳屋

文楽・東蔵

時間   場所
8:30 行田駅発
   
10:30 箕田氷川八幡神社
   
11:40 伝源経基館跡
   
12:40 鴻巣宿本陣跡
 
14:15 北本宿碑
   
15:00 桶川宿本陣跡
 
   
16:20 偏照院
   
17:00 上尾宿本陣跡
  氷川鍬神社
 
   
   文楽・東蔵で一杯
第26日目 2009.05.02(土)
(行田駅)〜鴻巣宿〜桶川宿〜上尾宿  23.5km 
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