昼食


平宗

| 御影駅〜兵庫〜須磨駅 16.6km (30.4km) |
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8時過ぎに御影駅を出発、直ぐの交番の脇に「沢之井の地」の史跡があります。昔、神功皇后がこの地で化粧をされた時、この南西にある沢之井の水面に御姿が美しく映ったので御影という地名がついたという伝説があります。灘の生一本の命の水といったところでしょうか。8時30分には処女塚古墳。前日の東求女塚、これから行く西求女塚と併せて悲劇の古墳です。 9時20分に敏馬(みるめ)神社に到着。この神社は201年創建で、万葉集に敏馬を詠んだ和歌が9首もあることで知られています。 10時30分に生田神社に到着、祭壇では献茶会の儀式が行われていました。更に進んで三宮神社へ。明治維新にこの神社の前で神戸事件が起こったそうです。(備前藩の隊列に外国軍艦の水平数人が横切ったことに怒り、備前藩隊員が水平を斬りつけ、責任を取った隊長が切腹したというもの)。更に、花隈城祉を過ぎて11時40分に湊川神社に着きました。湊川神社は、楠木正成(大楠公)をお祀りしている神社。大楠公は延元元年(1336)5月25日にこの湊川の地で足利尊氏の大軍と戦い、殉節。以後そのお墓は多くの人に慕われて大切にされてきましたが、明治2年に明治天皇の命で湊川神社が創建されたとのことです。 神戸駅近くで昼食を取った後、兵庫宿に入りました。兵庫運河の手前に清盛塚の石塔と清盛像があり、その東側に琵琶塚があります。13時10分に能福寺に到着。能福寺は平清盛縁りの寺として知られ、治承4(1180)年、福原京遷都に伴い、清盛が能福寺で剃髪入道し、平家一門の祈願寺としました。境内には平相国廟・平清盛公墓処があります。又、兵庫大仏としても有名なようです。本陣は神明神社近くにあったとのこと。 14時20分に長田神社に到着。この神社は今日の神戸発展の守護神と仰がれているもの。近くに平知章之碑がありました。15寺50分に須磨寺に到着。須磨寺附近は源平合戦の地であり縁りの史跡が多くあります。一の谷に合戦で平敦盛と熊谷次郎直実の一騎打ちを再現した像や義経が敦盛の首実検をした腰掛松、敦盛首洗い池がありました。 夜は明石まで行ってホテルにチェックイン、近くの飲み屋で明石のタイ・タコ・アナゴで一杯やりました。 |
タイ・タコ・アナゴ
| 時間 | 場所 |
| 8:05 | 御影駅発 |
| 8:30 | 処女塚古墳 |
| 9:20 | 敏馬神社 |
| 10:30 | 生田神社 |
| 11:40 | 湊川神社 |
| 13:10 | 能福寺 |
| 14:20 | 長田神社 |
| 15:50 | 須磨寺 |
| 16:30 | 須磨駅 |
| 明石・平宗で 一杯 |
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