7時半にホテルを出発、前回終点の西明石へJR神戸線で戻ります。
小雨がパラつく中、820分にスタートしました。
9時前に、間の宿の大久保宿に到着。本陣付近では立派な家並みが続きます。更に進んだ墓地の中に南北朝時代の五輪塔が立っていました。11時過ぎに通った長松寺には「天童山老典座和尚と若き日の道元禅師の像」がありました。

東加古川駅を過ぎた所で昼食、加古川名物「カツめし」を食しましたが、名物に旨いもの無しです。12時半に教信寺着。教信上人は天応元年(781)奈良に生まれ、興福寺で修行した後諸国を行脚、そして加古川で庵を結び、ひたすら念仏を唱えながら、街道を行く旅人の手助けをしたということです。一遍や親鸞にも先達として仰がれ、特に一遍は諸国を巡る旅の途中、教信寺に一泊して念仏踊りを興行したと記されています。

宝篋印塔や竜泉寺の五輪塔、胴切れ地蔵を見ながら13時半に加古川宿に着きました。寺町商店街のアーケードの端に本陣跡がありましたが、その途中に結納の専門店が2つもあります。今のご時世、商売になるのかと少し心配になりました。
宝殿駅から街道を外れて寄り道です。先ず、宮本武蔵・伊織の里へ。西光寺には武蔵・伊織の銅像が建っています。その先の米田天神社は江戸の初期に武蔵の養子の伊織が再建したもの。そして、生誕の地には大きな碑が建っています。平成2年(1990)に宮本武蔵・伊織 顕彰会によって建立されたもので、題字は、武蔵が仕えた九州・細川家の子孫第25代当主細川護貞氏によるものです。

更に進んで生石(オウシコ)神社へ。生石神社の裏手には、切妻風の突起を後ろにして家を横たえたような横6.4m、高さ5.7m、奥行7.2m、重量500700tの巨大な石造物があります。「石の宝殿」と呼ばれ、水面に浮かんでいるように見えるところから「浮石」ともいわれていますが、多くの謎につつまれ、仙台塩釜神社の塩釜、宮崎県霧島神社の天逆鉾(あまのさかほこ)と並んで日本三奇の一つに数えられています。神社自体が巨大な石山に建っています。

やっと街道に戻ると地名が「阿弥陀町」になっていました。更に進んで17時半に六騎塚に到着。ここは「正四位児嶋範長公之墓」で、南北朝時代の延元元年(1336)児嶋高徳の父範長主従六人の自害を弔って建立したと伝えられています。18時に御着宿本陣跡に到着、宿場の散策は明日にして本日の旅を終わりとしました。

姫路駅に行って近くの居酒屋で一杯やってホテルに入りました。

楽歳

カツめし

大久保宿 五輪塔 清水神社
道元禅師 長松寺 教信寺 宝篋印塔
竜泉寺五輪塔 胴切り地蔵 加古川商店街 加古川宿本陣
武蔵・伊織の像 米田天神社 武蔵・伊織 生誕の地
生石神社 石の宝殿 阿弥陀町
六騎塚 御着宿本陣
時間   場所
:7:30 ホテル発
   
9:00 大久保宿
     
11:00 長松寺
     
13:30 加古川宿
     
15:00 武蔵生誕地
   
16:00 生石神社
   
17:30 六騎塚
   
18:00 御着宿本陣
     
19:00  「楽歳」で
一杯
第7日目  2010.05.07
  西明石駅〜加古川〜御着    28.4km    GPS40.9km 
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