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7時20分にホテルを出て清音駅に行きます。天気は良すぎて暑くなりそう。高梁川を渡り、8時10分に川辺宿に到着。本陣跡の表示は植村歯科医院前にあります。9時20分に吉備寺着。「ここは右大臣吉備真備公の菩提寺であり、本尊薬師如来は行基菩薩の作と伝えられている。寺伝によるとここは天平年間吉備真備公の創建と伝えられているが、建武元年(1336)足利直義東征の際、戦火で焼失したので詳しいことは分からない。しかし現存する古瓦や礎石の様式によって奈良時代の創建であることは明らかである」と案内に記されていました。階段を登っていったところに「吉備大臣の墓」がありました。 熊野神社を経て、10時半に琴弾橋で小田川を渡ります。持参している平成11年版の国土地理院の地図には井口橋と猿掛橋が載っていますが、琴弾橋はありません。平成17年に二つの橋が統合されて琴弾橋が完成したとのことです。新しい道などもドンドン出来ているので、地図だけに頼るわけにはいきません。 11時20分に吉備大臣宮、吉備真備公園に到着。吉備真備は、持統天皇(695年)に吉備の国に生まれた偉人。霊亀3年(717)に、22歳で阿部仲麻呂や僧玄ぼうらと留学生として唐に渡り、天平7年(735)に帰朝するまで18年間唐に留まり、経書、史書を初めとして、天文、暦法、音楽、兵法など新しい知識を習得した。その後、順調に昇進を重ねるが、天平勝宝2年(750)筑前守に左遷され、翌年、遣唐副使として再度唐に渡る。天平勝宝5年(753)に鑑真和尚を伴い帰朝。その後は重職を担い昇進、天平神護2年(766)に中納言、大納言を経て右大臣に、天平神護3年(767)には正二位に上った。近世以前で学者から立身して大臣まで進んだのは真備と菅原道真の二人だけである。宝亀6年(775)81歳で薨去。 13時に矢掛宿に入ります。矢掛宿は本陣の石井家、脇本陣の高草家の両方が当時の姿で残っている宿場で、他には見られない貴重なところ。本陣ではボランティアの方が1時間もかけて詳しく説明をしてくれました。ここで時間を費やしてしまったので後はひたすら歩くのみです。 夜はホテル近くの地味な食堂で夕食としました。 |
| 時間 | 場所 |
| 7:20 | ホテル発 |
| 8:00 | 清音駅発 |
| 8:10 | 川辺宿本陣 |
| 9:20 | 吉備寺 |
| 10:00 | 熊野神社 |
| 10:30 | 琴弾橋 |
| 11:20 | 吉備真備公園 |
| 13:00 | 矢掛宿 |
| 寶来で昼食 | |
| 本陣見学 | |
| 16:35 | 今市駅本陣跡 |
| 17:10 | 七日市本陣跡 |
| 19:00 | 与加呂で一杯 |

与加呂

| 清音駅〜川辺〜矢掛〜七日市 28.1km GPS35.1km |