強い雨の中、7時半にホテルをスタートしました。
820分に国神社に着きます。朝から160段近い急な石段を登っての参拝、ご利益に期待したいものです。この石段は元禄15年(1702)に作られたもので岡山で最も由緒ある石段。近年の参拝者の漸増に伴い、昭和5152年にかけて両側各々50cm程拡幅したとのことですが、確かに両側にその跡が残っています。

930分に吉備津彦神社に到着。備前の国の一宮として信仰を集める神社で、吉備津彦命を祀っています。荘厳とした社殿が雨に煙っていました。
吉備の中山を経て1020分に吉備津神社へ着きました。ここは第10代崇神天皇のころ、四道将軍として吉備国に派遣された吉備津彦命を祭神として、古来吉備地方の総氏神として崇敬されています。現在の本殿・拝殿は応永32年(1425)に完成、本殿は比翼入母屋造、または吉備津造と呼ばれる、独創的大建築で、拝殿とともに国宝に指定されていると説明しています。時折、雨が激しくなり、暫く雨宿りすることにしました。

1145分に板倉宿本陣(鯉山コミュニティセンター)を通過し、近くのうどん屋で昼食を済ませた後は、街道を大きく離れて高松城祉を目指すことにします。1240分に高松城祉に到着。高松城は天正10年(1582)の中国役の主戦場になった城跡で有名。城は沼沢地に臨む平城(沼城)で、石垣を築かず、土壇だけで築城された「土城」で、城の周辺には沼沢があり、これが天然の外堀をなしていたことが窺われます。確かに現地に行ってみると、平坦な田圃の中にあり、特に強い雨が降っていたので水攻めに遭えば一溜りもないと納得しました。(これは今だから言えることですが)
高松城跡公園資料館があり、そこで色々と説明してもらいました。又、清水宗治の備前焼の像や資料も沢山あり良い勉強になりました。近くに、清水宗治公自刃之址や少し離れたところには水攻め築堤跡(蛙ガ鼻築堤跡)がありました。

元の街道に戻って鯉喰神社を経て備中国分寺を目指します。相変わらず雨が降っていますが、時折激しくなり、歩道の無い国道では思わず立ち止まったり、近くの農家の納屋に避難して雨宿りしながら進みます。この近くには古墳も多くありますが寄り道せずに進みます。16時に備中国分寺に到着、ここは国分尼寺とともに天平13年(741)に聖武天皇の勅願によって建てられた官寺で、中世には廃寺になりましたが、江戸時代中期に日照山国分寺として再興されたといいます。大きな五重塔が聳えていました。
角力取山古墳やギリギリ山古墳を経て1745分伯備線清音駅に到着して本日は終了です。

一日中雨の街道歩きでしたが、高松城祉の見学にはピッタリでした。倉敷まで電車で行って宿泊、美観地区の地味な飲み屋で一杯やって疲れを癒しました。飲み屋の壁には以前に来店した宍戸錠の落書きが残っていました。

味加久

うどん坊

国神社 吉備津彦神社
吉備津神社
板倉宿本陣 高松城関連資料
清水宗治像 首塚 高松城祉 自刀之跡
水攻め堤跡 鯉喰神社 備中国分寺
備中国分寺 角力取山古墳
ギリギリ山古墳 一里塚 美観地区
時間   場所
7:30 ホテル発
    
8:20 国神社
   
9:30 吉備津彦神社
   
10:20 吉備津神社
   
11:45 板倉宿本陣
   
12:40 高松城祉
   
14:30 鯉喰神社
   
16:00 備中国分寺
   
16:40 角力取山古墳
   
17:45 清音駅
   
19:30 味加久で一杯
錠さん落書き
第13日目  010.06.15(火)
岡山〜板倉〜高松城祉〜清音駅  24.8km  GPS44.6km
行程 Back Next