7時40分の船で宮島へ。雨の嚴島神社参拝となりましたが、これも又趣のあるものです。安産祈願のお守りを頂いてから、誰も行かない清盛神社へも行ってホテルに戻ります。宮島口から大野浦まで山陽本線で移動、10時に大野浦駅を出発しました。ぐに上りの道になり、暫く行くと古代山陽道の史跡「石畳」の案内がありましたが蜘蛛の巣が張っているし、雨も降っているのでここはパスしました。更に進むと残念社の標識があり、これに沿って行きます。「残念さん道」の青い標識を進みますが上り下りが激しくかなりキツイ道です。この辺りは四十八坂と呼ばれるそうです。

10時40分に残念社着。慶応2年(1866)長州征伐の際、この四十八坂で丹後宮津藩士依田伴蔵が軍使として長州陣営に赴く途中、長州軍に戦闘員と間違われて狙撃されてしまった。伴蔵は「残念」と言って倒れた。長州軍は遺憾の意を表したが、村人は伴蔵の死を悼みその霊を祭っている。これが残念社であり、近くに依田神社もありました。又、依田神社の手前に吉田松陰腰かけ石があります。江戸に護送される途中、この岩に腰を掛けてはるか故郷の大島を望みながら、父母の恩愛に感激をし、「この場こそ三県一望の地」であると、故郷にも別れを告げた場所だと説明されていますが、現在では木が邪魔をして展望は開けていません。

11時半に玖波宿に入ります。高札場跡や本陣跡(現JA玖波)を見て、ずばり「駅前食堂」でお好み焼きの昼食。ここで一旦、山陽道と別れて大竹を経て岩国方面へ歩きます。
このコースは当初は、学校卒業後同じ会社に同窓同期入社したK垣氏(小中高は大竹で育った)と一緒に歩く予定でしたが、まだ現役で重責を担うK垣氏は仕事の都合で急遽来られなくなり、残念ながら一人で歩くことにしました。

13時35分に大竹駅に到着、その後、K垣氏が育ったM化学の社宅、小学校を経由してM化学の工場を通過して岩国駅へ。16時前に早目のホテルチェックイン。その後はバスで錦帯橋に行き、雨に煙る岩国城を見ながら橋を渡りました。
のたもとの創業1858年の老舗「平清」で岩国の地酒、五橋・黒松を堪能しました。

嚴島神社
嚴島神社 清盛神社
残念さん道 残念社 松蔭腰かけ石
依田神社 玖波宿 大竹駅
社宅A 社宅B 大竹小学校
M化学 錦帯橋 巌流ゆかりの柳
ビールと錦帯橋
時間   場所
08:00 嚴島神社
   
09:55 大野浦駅発
   
10:45 残念社
   
11:40 玖波宿
   
11:50 昼食
13:35 大竹駅
   
14:15 大竹小学校
   
15:35 岩国駅
   
16:30 錦帯橋
   
17:00 平清で一杯

平清

駅前食堂
第25日目  2010.10.24(日)
嚴島神社〜大野浦駅〜玖波宿〜大竹〜岩国    18.3km
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