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8時にホテルを出発、城下町長府を散策します。長府は大化の改新の後、長門の国府が置かれたことから「長府」と呼ばれるようになったと日本書紀が伝える町。江戸時代は、毛利長府藩5万石の城下町として栄え、幕末は維新回天の舞台となったところで、見るべきものが多く、5時間も歩き廻りました。 忌宮(イミノミヤ)神社:長門国二の宮で、仲哀天皇・神功皇后が西国平定の折、豊浦宮を建て、7年間滞在した地といわれているところ。 12時過ぎに、桂弥一旧宅の茶屋「祥」で昼食。桂は長州藩士で乃木希典らと勉学に励み、維新後は長府博物館や明治維新に命を捧げた人々の霊を供養する万骨塔を立てています。時間を取り過ぎたので先を急ぎます。14時前に貴船神社の高台に着くと関門峡が見えます。 14時25分に壇ノ浦古戦場を一望出来る「みもすそ川公園」へ。源平合戦の源義経・平知盛像や幕末攘夷戦での長州砲がありました。 春帆楼、日清講和記念館を経て15時過ぎに本陣伊藤邸跡へ。龍馬が妻おりょうを呼び寄せて逗留したことでも知られます。15時30分、遂に山陽道の終点、亀山八幡宮に到着しました。ここは、貞観元年(859)に神託により国主が宮殿を造営し、以来、朝廷、大内、毛利藩主の崇敬厚く、「関の氏神」として敬われてきた神社。境内には世界一の「ふくの像」があり、大鳥居の脇には「山陽道」の石碑があります。その横に「ここは山陽道の基点 九州渡航の起地なり 山陽道第一番塚なり」という標識が立っています。この石碑にタッチして旧山陽道を完歩しました。 その後、末廣稲荷神社を参ってホテルへ。この界隈は国内屈指の遊廓街で幕末の志士達も多く出入りしていたとのこと。町一番の大店は「大阪屋」。この跡地に建っているのが今日泊まる東京第一ホテル下関です。 |
| 時間 | 場所 |
| 08:00 | ホテル発 |
| 08:20 | 忌宮神社 |
| 乃木神社 | |
| 09:00 | 覚苑寺 |
| 09:30 | 長府毛利邸 |
| 10:15 | 功山寺 |
| 11:00 | 長府博物館 |
| 11:50 | 笑山寺 |
| 12:00 | 昼食(「祥」) |
| 14:15 | 壇ノ浦 |
| 14:50 | 赤間神宮 |
| 15:00 | 本陣伊藤邸 |
| 15:30 | 亀山八幡宮 |
| 山陽道終点 | |
| 16:30 | ホテル着 |
| 18:00 | 「ふくの関」で 一杯 |
祥

ふくの関

| 長府宿〜赤間関 7.9km |