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小雨降る中、8時に出発。下関市役所の隣が田中町なので行ってみると田中川が流れていました。旧秋田商会ビル、旧下関英国領事館(保存工事中)を通ってから、下関周辺の高杉晋作ゆかりの場所を散策します。
青春交響の塔:高杉晋作と坂本龍馬の友情を二本の石柱で表現したモニュメント
大歳神社:高杉晋作を支援した豪商白石正一郎が大歳神社に大鳥居を奉納して攘夷必勝を祈願。又、晋作は奇兵隊旗挙げの旗を大歳神社に奉納しています。
白石正一郎旧宅跡:維新の志士達を物心両面から支援、奇兵隊は白石邸で結成されました。
高杉晋作終焉の地:病(肺結核)をおして小倉口の戦いを指揮した晋作は慶應3年(1867)4月14日、ここで27歳8ヶ月の生涯を閉じています。
嚴島神社:境内の大太鼓は慶應2年(1866)小倉戦争に勝って持ち帰った物で晋作が奉納。
桜山神社(招魂社):慶應元年(1865)落成、高杉晋作らの発議によって創建。日本初めての招魂場で、吉田松陰はじめ維新で散った志士たち約400柱が祀られています。
高杉晋作像:日和山公園に昭和31年、晋作没後90年を記念して建てられたもの。
11時半に巌流島に渡ります。風雨が強かったせいか行きも帰りも120人乗り船に乗客は一人。当然、島でも迎えの船が来るまでは一人です。巌流島は、慶長17年(1612)4月13日、宮本武蔵・佐々木小次郎の決闘の地として知られていますが、龍馬とおりょうも、ある夜こっそりとここに渡り、花火を打ち上げたそうです。島から戻って、ラーメン屋で昼食、やっと晴れてきました。
関門トンネルを歩いて九州に渡ろうと予定していたら、工事中で全面通行止め。仕方なく代替運行のバスで関門峡を渡りました。この頃から風が強くなりました。壇ノ浦合戦の前夜、平家一門が酒宴を開いて戦勝祈願したという和布刈(メカリ)神社を参って先に進みます。門司関址を経て甲宗八幡神社には平知盛の墓がありました。門司港周辺に行くと、古い建物、煉瓦の建物が多く見られるようになり、レトロな雰囲気が漂っていました。
岩田屋住宅(旧酒屋)、三宜楼(旧料亭)、旧門司税務署、旧門司三井倶楽部、門司駅、旧大阪商船(保存工事中)、旧門司税関、国際友好記念図書館などがあります。
16時過ぎにホテル着。夜はこじんまりとした「酒房こやま」で一杯。カウンター7席と奥が座敷の店で暫くゆっくりと飲んでいると、ドヤドヤと3組のカップルが。だんだんと居場所が無くなり早めの退散。ホテルに戻ってバーでウイスキーを少しなめて終わりとしました。
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