12日目 2015.05.08(金)  矢吹〜須賀川〜小塩江 31.2km

矢吹8:18〜鏡石9:30〜かげ沼(鏡沼)10:20〜須賀川12:00〜乙字ケ滝14:30〜小塩江駅16:40

郡山のホテルから矢吹に戻って8時過ぎにスタート。東北本線、4号線とほぼ平行して走る旧道を北へ向かいます。鏡石を過ぎて清鏡酒造に着きましたが残念ながら廃業していました。HPによると清鏡酒造は奥の細道の「鏡沼」から“鏡”をとって清鏡としたとあったので楽しみでしたが残念です。ここから左折して東北自動車道を潜ってかげ沼(鏡沼)跡に行きました。案内板には「建保元年(1213)信濃源氏の泉親衡による北条討伐の謀反が発覚し加盟者は捕えられた。和田胤長もこれに参加した為、岩瀬郡稲村に配流され59日誅された。夫の身を案じた妻は、鎌倉よりこの地に至り里人に夫の死を知らされ、鏡をいだき沼に入水して果てた。以来この沼を鏡沼という」とあります。芭蕉は『かげ沼と云所を行くに、今日は空曇りて物影映らず』と書いていますが、今は沼も有りませんでした。ここにある芭蕉像は独特な感じでしたが、須賀川の芭蕉像は皆同じような姿です。
少し戻って、民家の脇を通って芹沢の滝跡へ。曾良日記に427日に訪れたと記されていますが、元々は現在地から東南50mの場所にあったとのこと。

須賀川に着き昼食後は先ず芭蕉記念館。須賀川の見所や芭蕉が通った道などを聞いて散策に出ました。軒の栗可伸庵跡〜長松院〜神炊館(おたきや)神社〜十念寺〜相良等躬宅跡・可伸庵跡〜軒の栗庭園〜円谷幸吉モニュメントを見て乙字ケ滝へ進みます。
・軒の栗可伸庵跡:栗の木陰と東屋だけの佇まいは芭蕉の心を捉えたらしい。
 『世の人の見付けぬ花や軒の栗』の句碑とおくのほそ道碑がありました。
・長松院:相良等躬の墓と「あの辺はつくば山哉炭けふり」の等躬句碑があります。
・神炊館神社:芭蕉が訪れた諏訪神社が明治11年に神炊館神社と正式名称になった。おくのほそ道碑があります。
・十念寺:須賀川の女流俳人・市原多代女が安政2(1855)に建てた『風流の初やおくの田植うた』の句碑と円谷幸吉さんの墓がありました。
・相良等躬宅跡・可伸庵跡:NTTの脇に標柱があります。
・軒の栗庭園:ここにある芭蕉像も鏡沼跡と同じ格好でした。
・円谷幸吉モニュメント:須賀川の英雄です。

14時半に乙字ケ滝に到着。阿武隈川唯一の滝で曾良日記では『石河滝見ニ行』と書き『川ハバ百二三十間も有是。滝ハ筋かヘニ百五六十間も可有。高さ二丈、壱丈五六尺、所ニより壱丈斗ノ所も有之。』と詳細に説明しています。ここから芭蕉記念館で聞いた道を進みます。途中、八流の滝や芭蕉の辻を通って小塩江駅で本日の予定は終了。電車で郡山の宿へ。

今日の夕食は「門土庵」、10人程のカウンター席で福島の酒を。明日訪問予定の笹の川酒造「笹の川」、鶴の江酒造「会津中将」、店主お勧めの仁井田本家「田村」と進みました。脇では安積高校OBが楽しく飲んでいます。私は埼玉の朝霞出身、アサカ繋がりで親近感があります。その中の一人がアスパラ農家、立派なアスパラを女将に渡したので直ぐに焼いてもらいました、美味い。後から来た安積OBは早稲田86年卒だとか、ちょっと先輩ずら・・・はしませんでした。楽しく飲めたいい店でした。

一里塚跡 酒蔵探訪
清鏡酒造(鏡石)廃業
明治8年(1875)創業
かげ沼(鏡沼)跡 芭蕉像
芹沢の滝跡 芭蕉記念館
可伸庵跡 芭蕉句碑
世の人の見付ぬ花や軒の栗
等躬句碑
あの辺はつくば山哉炭けふり
等躬の墓 神炊館神社
おくのほそ道碑 十念寺 芭蕉句碑
風流の初やおくの田植うた
市原多代女句碑 円谷幸吉墓
軒の栗公園と等躬像 芭蕉像 円谷幸吉モニュメント 乙字ケ滝 芭蕉句碑
さみだれの滝降りうづむみかさ哉
芭蕉像 八流の滝 芭蕉の辻
門土庵