| 15日目 2015.05.11(月) 福島〜飯坂 24.5km |
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福島7:40〜羽黒神社9:00〜文知摺観音10:30〜医王寺14:20〜飯坂温泉15:40 |
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昨日頑張ったので今日は休養日、余裕のある行程です。 福島駅前の芭蕉像を見てから福島城址(県庁)を経て信夫山へ。羽黒神社には長さ12m、幅1.4m、重さ2tの大草鞋があります。毎年2月10日に約100人でこの大草鞋を担いで市内を練り歩き、信夫山山頂の羽黒神社に奉納する「暁まいり」は300年以上の歴史があります。かつて羽黒神社にあった仁王像の足の大きさに合わせたのが由来とのこと。 山を下りて阿武隈川に架かる文知摺橋を渡って信夫文知摺の文知摺観音へ。かつてこの地は、綾形石の自然の石紋と綾形、そしてしのぶ草の葉形を摺りこんだ「もちずり絹」の産地。その名残を伝える文知摺石は、源融と虎女の悲恋物語を生み、百人一首に「みちのくの忍もちずり誰故に乱れ染めにし我ならなくに」と詠まれています。芭蕉句碑『早苗とる手もとや昔しのぶずり』もあります。 月の輪大橋を渡って瀬上宿を過ぎると、「除染作業中」の看板の元、除染作業をする作業員や、刈り取った草を運ぶトラックが目につくようになりました。7月31日まで集中作業しているようです。まだまだ原発の影響は収まっていません。そんな中、医王寺に到着しました。この地を治めた佐藤一族の菩提寺。佐藤基治・乙和の墓や継信・忠信兄弟の墓の他、息子の死を知った乙和御前を慰めようと、甲冑を身に着けて兄弟の勇姿を装ったという奥方若桜と楓の像が本堂に有りました。芭蕉は『笈も太刀も五月にかざれ紙幟』と詠んでいます。境内には義経公主従像や芭蕉句碑、瑠璃光殿(宝物殿)には芭蕉坐像や弁慶の笈など展示(撮影禁止)されていました。 暫く歩くと飯坂温泉に到着。今日の宿ほりえや旅館に荷物を預けて温泉街を散策。芭蕉が歩いた道や芭蕉ゆかりの地がありました。芭蕉は飯坂の段で『夜に入りて雷鳴り、雨しきりに降りて、臥せる上より漏り、蚤・蚊にせせられて眠らず、持病さへおこりて、消え入るばかりになん。』と散々な記述をしています。持病の一つが胃痙攣といわれますが、この発作の苦しみがこの夜の表現をかくも酷いものにしたのでしょうか。曾良日記には飯坂に泊まって湯に入ったことだけが書かれているので、これほど酷い宿ではなかったと思われますが・・・。 ほりえや旅館は明治15年創業で飯坂温泉の中心 鯖湖湯の隣にある宿。鯖湖湯は定休日でしたが、同じ泉質の温泉に入りました。源泉51度で熱い湯。夕食は旅館で、ビールは「ふくしまおもてなし」バージョン、酒は鈴木酒造の「磐城壽」、浪江町請戸の酒蔵が震災で被害に遭い、残された酵母から岩手県長井で復活させた酒です。ここの若旦那は5代目の婿養子。福島の温泉地の若旦那が立ち上げた「ふくしま若旦那プロジェクト」のメンバーで、得意の三味線、民謡で盛り上げています。各部屋を廻って「飯坂小唄」「福島小唄」を熱演していました。 |