16日目 2015.05.12(火) 飯坂温泉〜白石 33.7km

飯坂7:40〜桑折9:30〜阿津賀志山防塁11:20〜甲冑堂14:20〜白石16:30

今日は殆ど東北本線に沿って歩きました。桑折宿に入ると伊達家始祖の藤原朝宗(念西)公墓所があります。参勤交代の都度、仙台侯はここを墓参する慣わしだったようです。
更に行くと旧伊達郡役所があります。明治16年建築の国重要文化財、趣のある明治の洋式庁舎です。どういうわけか敷地内に芭蕉像が、飯坂と同じ顔をしていました。法圓寺の芭蕉田植塚を見て無能寺に行くと立派な笠マツがあります。明治148月、明治天皇巡幸の折、無能寺で小休された際に天皇の命で「御蔭酒松みかげのまつ」と命名されたとのこと。藤田宿を過ぎると「阿津賀志防塁の横断地点」という標識がありました。文治5(1189)に奥州平泉の藤原泰衡が、源頼朝軍を迎え撃つために築いたもの。土塁と空堀からなる防塁は阿津賀志山の中腹から阿武隈川の旧河道まで3.2qにわたった。畠山重忠が防塁の一部を埋め立て北への侵攻路を確保、突破したとあります。

昼は適当な場所が無かったので大木戸駐在所の階段を借りてコンビニおにぎり。貝田宿を過ぎると宮城県に入ります。越河宿には越河番所跡の大きな標識がありました。暫く行くと馬牛沼があります。説明板には「征夷大将軍坂上田村麻呂の馬がこの沼に落ちて死んだので馬牛沼とした、また、沼の中の孤洲が馬に似ているので馬形沼とした、更に、この沼に馬首牛身の異獣が泳ぎ回っていたので馬牛沼と呼ばれた」などが書かれています。その先に源義経一行が平泉に向かう際に、馬の鐙を摺って通ったという巨大な「鐙摺石」があるはずですが、「あぶみすり坂」はあったものの鐙摺石は見つけられませんでした。

田村神社には甲冑堂があり、佐藤継信・忠信兄弟の妻 楓・初音の像があります。義経に従った息子達の死を知った母親の悲しみを癒す為、形見の甲冑を着て母親を元気づけたという。この像は昭和14年の小室達作で一本の楠から2体を彫り出しています。小室達は青葉城の伊達正宗公騎馬像の作者としても知られています。尚、医王寺にあった像は、継信の妻が若桜、忠信の妻が楓となっていました。

斎川宿を過ぎて白石市街に入ったのが16時過ぎ、白石城、武家屋敷を見学して蔵王酒造に行きましたが展示館は16時で閉館、残念でした。夕食は蔵王酒造「男伊達」、次は昔のゼミ教授を思い出しながら新澤醸造店「伯楽星」、そして大沼酒造店「乾坤一」で〆ました。

伊達家始祖の墓 旧伊達郡役所 芭蕉像 法圓寺 芭蕉田植塚 芭蕉坐像
無能寺 笠マツ 追分 一里塚跡 阿津賀志防塁 昼食
貝田宿 宮城県へ 越河宿 馬牛沼
あぶみすり坂 田村神社 甲冑堂 初音と楓 おくのほそ道碑
斎川宿 白石城 武家屋敷
酒蔵探訪14
蔵王酒造(白石)
明治6年(1873)創業
「蔵王」「男伊達」