64日目 2016.05.28(土) 色の浜〜敦賀市街 18.3km

色の浜10:00〜常宮神社11:40〜金前寺14:30〜敦賀田保邸15:30

芭蕉は天屋玄流の船で飲めや歌えで色の浜に行きましたが、私は田保玄流車で観光を兼て色の浜まで送ってもらってスタートです。先ずは敦賀城跡の敦賀西小へ。敦賀城の中門は來迎寺の山門になっていました。続いて武田耕雲斎等の墓。昨日は新保の本陣跡を見ましたが今日は墓です。元治元年12月に幕府の軍門に下った耕雲斎一党は、当初は厚遇されたものの翌年2月に353名がこの場所で斬首されたとのこと。その後、色の浜まで送ってもらって一旦別れました。

色の浜は「ますほの小貝」で有名。小さな浜で赤く小さいますほの小貝を探しましたが見つかりませんでした。本隆寺開山堂には「寂しさや須磨にかちたる濱の秋」の句碑と、西行の「潮染むるますほの小貝拾ふとて色の浜とはいふにやあるらん」の歌碑がありました。更に進んで芭蕉が泊まった本隆寺には小貝を詠んだ三句の碑があります。「小萩ちれますほの小貝小盃」「衣着て小貝拾わんいろの月」「浪の間や小貝にまじる萩の塵」。おくのほそ道で芭蕉は「侘しき法華寺あり。ここに茶を飲み、酒を暖めて、夕暮れの寂しさ、感に堪えたり」と書いていますが、いまでも本隆寺は素朴なお寺でした。

昼食を挟んで常宮神社に行くと、若夫婦と子供が祝詞をあげて貰っていました。七五三でしょうか。此処には国宝の朝鮮鐘があるので見学(撮影禁止)。気比の松原を通って敦賀市街に戻り、福寿杯の敦賀酒造に寄った後は、芭蕉を色の浜まで送った天屋玄流の旧居跡(今は駐車場)と芭蕉が泊まった出雲屋跡の碑を確認。残念ながら正面のレストラン梅田は閉店してしまいました。

金前寺の芭蕉鐘塚には「月いつこ鐘は沈るうみのそこ」の句碑があります。更に金崎宮、金ヶ崎城址に行って本日は終了。金ヶ崎城は戦国時代、朝倉義景を攻めた信長が浅井長政の裏切りで挟撃の危機に陥った時、藤吉郎が殿を務めた金ヶ崎の戦いで有名。武将たちが月見をしたという月見御殿跡に行くと、火力発電所と石炭の山が目に飛び込んできました。

今日の夕食はまだ明るい16時から若狭牛の焼肉でパワーアップ。食後は芭蕉に倣って敦賀の月を見ようと気比神宮に行きましたが、まだ月は出ず。仕方がないので、ショットバーで軽く数杯でお開きとしました。

敦賀城址 敦賀城中門 武田耕雲斎等の墓 色の浜
本隆寺開山堂 芭蕉句碑 西行歌碑 本隆寺
小貝の三句 常宮神社 朝鮮鐘 弁天岩
気比の松原 86敦賀酒造(福寿杯)
寛永元年(1624)創業
天屋玄流旧居跡 出雲屋跡
金前寺 芭蕉鐘塚 金崎宮 金ヶ崎城古戦場
月見御殿 火力発電所 夕食 月は出ず
ショットバーで