十津川村は奈良県最南部に位置し、日本一広い村(面積は奈良県の五分の一)、日本一長い路線バス(八木~新宮まで6時間半)、日本一長い谷瀬の吊橋(長さ297.7m、高さ54m)で知られるところ。又、南北朝時代の南朝ゆかりの地が多くあったり、幕末坂本龍馬暗殺では刺客が十津川郷士を名乗ったり、尊皇攘夷の過激派集団天誅組に多くの十津川郷士が参加したりと歴史の舞台にも多く顔を出しています。こんなに山深い所にどうしてと思いますが、古くは神武天皇の東征の際に吉野の山中を先導した「やたがらす」が祖先であるともいわれ、これが独特の勤皇精神を育んだのでしょうか。

8時半に宿を出発、前日に予約したタクシーで12km先の玉置神社駐車場へ。天気は今日も雨。雨具の用意をして910分にスタートです。20分ほどで玉置神社に到着。雨に煙る社殿は荘厳そのものです。玉置神社は玉置山(1,076m)の9合目に位置し、崇神天皇61年(B.C37年)に、玉城火防鎮護と悪魔退散の為に創建、熊野三山の奥の院として格別に由緒ある社として知られています。
主祭神は、国常立尊、伊弉諾尊、伊弉冊尊、天照大御神、神日本磐余彦尊。
境内には神代杉、夫婦杉はじめ5本の樹齢3,000年の神木があります。社務所の脇にお神酒が置いてあったので有難く頂戴しました。重要文化財の社務所の襖絵を見学、悪魔退散の御神符(熊野なる玉置の宮の弓神楽 弦音すれば悪魔退く)をもらって玉置山頂上を目指します。途中、摂社の三柱神社、末社の玉石社、霊石三ツ石神祠を経て急な坂を登り、10時半に玉置山山頂に到着です。

ここからバス停のある折立まで下って行きます。先ずは玉置山展望台まで大峯奥駈道を歩きます。杉木立の歩き易い道が続きます。かつえ坂にある大峯奥駈道の石碑を経て11時に展望台に到着しますが雨で全く眺望が開けません。少し進んで折立に下りる道に入った途端、荒れた道に様変わりです。人が歩いた形跡が殆ど無く、荒れ放題といった感じ。特に先週の台風の影響か、木が多く倒れ、道がえぐれている箇所もあります。小枝が足に絡みついたり、滑ったりと大変です。朝のタクシーの運転手が「2ヶ月前、玉置山を登山していた夫婦が道に迷い、舗装道路に無理やり出ようとして滑落し、夫は頭を強く打って亡くなった。ドクターヘリも来て大変だった」と話していたが、その二の舞だけにはならないよう「ゆっくり・ゆっくり」「慎重・慎重」と声を出しながら進みます。何とか下が見える場所に来ましたが、その後も石だらけの急坂、最後まで気の抜けない道でした。やっとのことで車道に出ると、何と南都銀行十津川支店の脇。南都銀行恐るべしです。

折立から十津川村役場までバスで行って近くの公衆温泉「滝の湯」へ。ゆっくと温泉に入って生き返り、蕎麦とビールで遅めの昼食。更に十津川村民俗資料館を見学してから五條まで3時間弱のバス移動。途中、谷瀬の吊橋付近の休憩所で小休止。ここで八木から新宮行きの最終バスとすれ違いますが、乗客はゼロ。6時間半の路線バスで乗客ゼロは大変です。山と川の素晴らしい景色を見ながら、19時少し前に五條に到着しました。新宿行き夜行バスまで2時間ほどあるので時間調整しようと店を探しますが全くありません。駅員さんに聞いても牛丼屋は判るが居酒屋は無いよと。やっとのことでお好み焼き屋を見つけて時間を潰し、その後、初めての夜行バスに乗って帰宅の途につきました。

玉置神社参道 玉置神社
拝殿 神代杉 夫婦杉 お神酒 社務所
玉石社 霊石三ツ石神祠 玉置山山頂 珍客
歩き易い道 大峯奥駈道 展望台から 荒れた道
珍客 やっと舗道へ
滝の湯 民俗資料館
谷瀬の吊橋 天誅組本陣跡 新宮行きバス 五條行きバス
お好み焼き屋 玉置神社御神符
第10日目 2011.06.08(水)
十津川温泉~玉置神社~折立=五條=新宿  8.0km