| 飯塚〜内野〜山家〜筑紫駅=大宰府 28.0km |
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雨の中、ホテルを6時半に出発しました。昨日のアーケードの終わりには大きな飯塚宿の絵がありました。7時に貴船宮をお参り、左手にボタ山を見ながら進みます。楽市小学校の校門脇には「昔、この道 長崎街道 今、あいさつ街道」の石碑がありました。天道駅を過ぎて7時半に天道宮をお参り、瑞穂菊酒造の前を通って暫くすると雨があがりました。9時10分に老松宮を参拝、9時40分に横山峠の看板を通過して踏切を渡り、内野小学校脇の東構口跡の標識で内野宿に入りました。内野宿は度重なる火災のため当時の建物は残っていませんが、各所に標識を立てて当時の雰囲気を出しています。10時10分に脇本陣「長崎屋」に到着、シーボルトが休息したと言われていますが、現在の建物は明治末期に建てられたもので資料館となっていました。手打ちそばも食べられるとのことだったので注文すると昼からだと、仕方なく暫く休憩してから内野宿を散策しました。御茶屋跡は標識だけになっていますが、近くに樹齢400年、幹回り7.6mの大イチョウがありました。再び雨が降ってきました。 内野宿を後に冷水峠を目指します。一度国道と合流し進んでいくと、有料道路と冷水トンネルの案内が出てくるが、自転車・歩行者は通行禁止の表示。仕方なく元に引き返して旧道らしき道を探して進みます。でも案内表示がないので不安です、人も車も通らない道を進んで行くと11時30分やっと目印の荒田バス停と鳥居がありホット一息。いよいよ冷水峠越えです。石畳を登り「首なし地蔵」を経て12時10分に冷水峠(標高320m)に到着。峠を過ぎて再び国道と合流しますが、歩道のない上に大型トラックが多くヒヤヒヤの連続です。冷水峠は長崎街道一番の難所だったとのことですが、歩く身には今でも難所でした。 13時30分に山家宿に入りました。山家宿は長崎街道、日田往還、薩摩街道が合流し、一本の幹線道に集約された所で九州を貫く主要道の分岐点となっていました。次回、薩摩街道を歩く時はここが起点になります。大庄屋役宅跡(東構口)の説明を見て、円通院をお参り、御茶屋跡(本陣)は標柱のみでしたが、旧宿駅構口は僅かに遺構が残っていました。食事をしようとしても無人駅の山家駅近くは何もありません。仕方なく念のために朝コンビニで買っておいたお握りを駅のベンチで食べました。 更に歩を進めて14時40分に筑紫駅に到着、本日の歩きはここまでとして西鉄大牟田線で宿のある大宰府に向かいました。大宰府では昨年12月に安産祈願(今年5月に無事初孫が誕生)した大宰府天満宮にお礼参りをしました。今日の宿は小高い丘の上にある温泉夕食付のホテル、ゆっくり温泉に浸かって疲れを癒しました。 |