第4日目 2011.10.24(月)
大宰府=筑紫駅〜原田〜田代〜轟木〜中原〜吉野ヶ里公園〜神埼 31.0km

745分にホテルを出て、830分に筑紫駅を出発。今日はやっと晴れて気持ちがいい。
先ず、筑紫神社をお参りしました。神主の奥さんが長崎街道の本を持ってきて色々と説明してくれます。これから行く原田宿は昔の面影は残っていないが、子供達に宿場町だったことを教えようと時代祭をして頑張っていると。又、筑紫という地名は「筑前と築後の境となる山に荒ぶる神がいて、峠を行きかう人を多く殺していた。そこでその神は人の命尽(イノチツクス)の神と呼ばれた。後にこの神を祀って筑紫の神と呼ぶようになった」という神話からきているとのこと。境内には桜も咲いていました。原田宿は舗装がカラーになっていて場所ははっきりわかりますが、遺構は何もありません。

940分に国境石「従是東筑前国」を通過、ここから備前国佐賀県に入ります。
1015分に基山駅で小休憩後、長崎街道の標柱を所々に見ながら歩を進み、1110分に田代宿(昌町)追分石に到着、「右・ひこ山へ/左・こくら・はかたへ」の文字が刻まれています。田代宿に入ると久光製薬鳥栖工場があり、周囲はサロンパスの匂いが広がっています。1130分に本陣跡の標柱を過ぎると田代宿(外町)追分石があり「右・さが/左・くるめ道」と彫られています。近くの人に聞いた食堂「六六軒」で昼食、店内にはサッカーのサガン鳥栖の選手の色紙や応援グッズがありました。鳥栖駅近くの洒落た喫茶店「ジェミニ」でコーヒー休憩をして轟木宿に入りました。

日子神社前に轟木宿の説明板と制札場跡の標柱が立っています。田代宿から3km位しか離れていないのに2つの宿場が続きますが、それは対馬藩(田代宿)と肥前鍋島藩(轟木宿)の境界になっていて、国境の宿場町として番所が設けられ検問が行われていたという。
国道と旧道を交互に進み左手に佐賀競馬場を見ながら更に進んで旧道に入ると「長崎街道中原宿」の石柱が立っています。祇園社を過ぎると2階の手すりに「中原驛岡崎屋御定」の透かし彫りの看板がある岡崎屋があります。1445分に祇園神社をお参りして中原宿を後にしました。その後は、吉野ヶ里歴史公園に寄り道です。16時過ぎに入園、広大な公園を急いで回ります。丁度、特別企画展の「吉野ヶ里と出雲王国」が開催、興味深い内容で多くの時間を取ってしまい集落遺跡を見る時間が少なくなりました。とうとう閉館の17間際に北墳丘墓にいると管理の人が自転車でやってきて急きたてられるように出口に行きました。神埼駅まで歩いていき、ここから電車へ今日の宿がある佐賀へ。

夜はホテル近くの居酒屋「竹」で一杯。美味い料理と旨い地酒で気持ち良い夕食でした。佐賀は米どころなので、焼酎ではなく旨い日本酒が多いのだと。

筑紫神社 国境石
田代昌町追分石 八坂神社 久光製薬 本陣跡 田代外町追分石
日子神社 佐賀競馬 中原宿へ
祗園社 岡崎屋 祗園神社 背振山とそれをイメージした門 展示室
遺蹟の復元 吉野ヶ里歴史公園 歴代の王の墓
神埼駅