第6日目  2011.11011(金)
佐賀〜牛津〜小田〜大町駅    21.1q

朝一便で佐賀に向かい、県庁前に10時に到着。徴古館で前回会った古文書解析の青年に挨拶して旅をスタートしました。前回の終点地点である龍造寺八幡宮を10時半に出発、側溝の街道目印(馬に乗る人と駕籠かき)に沿って進みます。暫くすると伊勢神宮がありました。ここは慶長年間創建で伊勢大神宮の分霊を勧請したのは全国でここだけとのこと。日新小学校の校庭に築地反射炉跡が復元されています。10代藩主鍋島直正(閑叟)が嘉永31850)に藩独自でこの地に洋式反射炉を築造し、築地大砲鋳造所を設けて長崎台場の防衛用大砲を製造した。更に多布施に新たに反射炉を築き幕府向けに大砲を鋳造、嘉永5年から慶応年間までに佐賀藩が製造した大砲は271門におよんだとあります。
1130分に葉隠の山本常朝の墓がある龍雲寺に到着。葉隠は田代陣基が7年に亘り山本常朝から聞いた武士の心得を中心に常朝以外から聞いた話も書き加えて11巻に纏めたもので「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」の一節は余りにも有名です。

昼食後、1210分に木製の高橋を渡って佐賀宿とお別れです。嘉瀬川をわたり、香椎神社、祇園社を過ぎた先で国道から分かれ牛津宿に入ります。乙宮社の先に牛津町会館(旧田中丸家住宅)があります。牛津を代表する豪商で後に玉屋デパートを創業する二代目田中丸善蔵が作った本宅で明治末期から大正初期にかけて建設されたもの。隣の牛津赤れんが館と共に、かつて「九州の浪速」と呼ばれ商人の町として活況を呈した商都牛津を彷彿とさせる建物です。レンガ風のモダンな牛津駅で休憩、近くに宿場風景を描いた大きな絵がありました。1450分に国道脇にあるカンカン石に到着。磁鉄鉱を含む讃岐岩(サヌカイト)で、小石で打つとカンカンと鉦を打つような音がするという。やってみると成程普通の石よりかん高い金属音のように聞こえました。備前山口駅を過ぎて小田宿に入ります。小さな宿場で馬頭観音堂と大楠が当時の面影を残すのみ。16時過ぎに横辺田代官所跡を通過、その先に国重要文化財の土井家住宅がありますが、来年3月まで保存修理工事中です。16時半に大町駅に到着して本日はここまでとして電車で3つ先の武雄温泉に行き宿泊しました。

武雄温泉の開湯は約1200年前と古く、伝説では神功皇后が朝鮮半島出兵から帰って養生されていた折、「西の方に温泉がありこの湯に浸かれば回復が早いでしょう」と神のお告げがあったので、有明海を渡り武雄に上陸、岩の割れ目を槍の柄で突くと熱い湯が湧き出たといわれています。武雄温泉新館と楼門は国重要文化財になっています。早速、共同浴場の元湯に入りました。昔ながらの温泉ですが、ぬる湯で4243度、あつ湯は44.545度と熱い。のぼせて倒れた人もいました。その後は、ろばた焼「陣屋」で一杯。家族的雰囲気の居酒屋でした。

龍造寺八幡宮 伊勢神社 築地反射炉跡 山本常朝墓
昼食 高橋 香椎神社 乙宮社 田中丸邸
牛津駅 宿場の図 カンカン石 小田宿 馬頭観音堂 代官所跡
土井家住宅 武雄温泉楼門 武雄温泉新館 元湯 陣屋