鬼平犯科帳を歩く
        2009.09.29(土)
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九段下 清水門 役宅のはず 鎌倉河岸 船宿・加賀や
北町奉行所跡 南町奉行所跡 京極高久上屋敷附近 築地本願寺
勝鬨橋 人足寄場の後 深川不動尊 昼食 富岡八幡宮
仙台堀の政七附近 霊厳寺 船宿・鶴や 長谷川平蔵住居跡 弥勒寺
二之橋 二之橋 軍鶏なべ五鉄 中田屋茶舗 仙台堀おろく
平蔵旧宅 相模の彦十 法恩寺橋 高杉銀平道場 法恩寺
犯科帳銘板 春慶寺 春慶寺ビル 東京スカイツリー ホッピー通り

シルバーウイークの初日に江戸を歩きました。今回は「鬼平犯科帳を歩く」と称して、鬼平ゆかりの地を訪ね歩きます。地下鉄九段下をスタートして以下のルートで、押上駅まで23kmの旅でした。

 地下鉄九段下〜清水門外(長谷川平蔵役宅)〜鎌倉河岸〜江戸橋(船宿・加賀や
 〜
 東京駅(北町奉行所)〜有楽町(南町奉行所)〜銀座4丁目(京極高久上屋敷)〜
 勝鬨橋〜中央区佃2丁目(人足寄場)〜深川不動尊〜富岡八幡宮〜江東区佐賀町2丁目
 (仙台堀の政七)〜霊厳寺〜江東区扇橋1丁目(船宿・鶴や)〜菊川駅(長谷川平蔵住居跡
 〜弥勒寺(笹や)〜二乃橋(軍鶏なべ・五鉄、煙草屋・壺や)〜江東橋
4丁目
 (仙台掘おろくの家)〜墨田区緑4丁目(長谷川家旧邸)〜亀沢町4丁目(相模の彦十)
 〜墨田区太平1丁目(高杉銀平道場)〜法恩寺〜本法寺〜春慶寺(岸井左馬之助寄宿)
 〜押上駅

9時に九段下を出発して先ず清水門に行きます。役宅があったとされる清水門外には千代田区役所の高層ビルが建っています。更にビル群を潜りぬけて鎌倉河岸を横目に江戸橋まで歩きます。平蔵愛用の銀煙管を盗み出す船頭・友五郎がいる船宿・加賀やはこの近く。
東京駅に戻って大丸の中にある北町奉行所跡の石碑、有楽町駅にある南町奉行所跡の小さな銘板を見て銀座まできました。数寄屋橋の前では、自民党の河野太郎が街頭演説の準備をしていました。

木挽町砂場や歌舞伎座のある辺りが平蔵の上役であった京極高久の上屋敷。更に勝鬨橋を渡って石川島に入り人足寄場へ。ここは長谷川平蔵が建言して出来た、無宿人を職業訓練させて社会復帰させる施設。その後、この場所は石川島造船所を経て今では超高層マンションが立ち並ぶ一大ベットタウンに変貌しています。更に歩を進めて深川へ。お不動様にお参りした後は魚屋「冨水」で昼食。八幡様を経ていよいよ平蔵ゆかりの密偵たちを訪ねます。

清澄公園を過ぎて佐賀町2丁目辺りが御用聞き・仙台堀の政七の家。近くに太平洋セメントの工場があり「セメント工業発祥の地」の記念碑がありました。霊厳寺を過ぎて扇橋の近くに密偵・小房の粂八のいる船宿・鶴やがあったはず。少し戻って三ツ目通りを進み、菊川駅A3出口に長谷川平蔵住居跡の銘板が立っています。これによると、実在の長谷川平蔵は寛政7(1795)年にこの地で没した後、孫の代に屋敷替となり、代わって入居したのが遠山左衛門尉影元(遠山の金さん)だそうです。

更に進んで弥勒寺へ。この近くにお熊婆さんのいる茶店・笹やがありました。
二乃橋(二ツ目橋)北詰には火盗改めの重要な連絡先である軍鶏なべ屋・五鉄があります。TV番組でもこの五鉄で吉右衛門(平蔵)、綿引勝彦(大滝の五郎蔵)、蟹江敬三(小房の粂八)、猫八(相模の彦十)、梶芽衣子(おまさ)が鍋をつつくシーンが多く見られます。両国駅、錦糸町駅を通過して江東橋4丁目の仙台堀おろくの家(錦糸堀公園あたり)に行きました。おろくは平蔵が若い頃世話になった「むかしの女」ですね。

少し戻って、緑4丁目の五柱稲荷の近くにある平蔵の旧宅へ。そして三つ目通りを進んで相模の彦十の長屋を過ぎると法恩寺橋。平蔵が青春時代に剣の修行に励んだ高杉銀平道場を思いながら法恩寺へ。三重塔がある立派なお寺ですが、鬼平犯科帳「尻毛の長右衛門」舞台となったと記してある案内板には驚き。最後は岸井左馬之助が寄宿していたという春慶寺ビルに到着して今回の旅を終わりとしました。

押上駅近くでは東京スカイツリーの建設が進んでおり、かなり高くなってきました。でも、近くに飲み屋が無いので、浅草まで行き、ホッピー通りで一杯ひっかけて帰宅としました。