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シルバーウイークの初日に江戸を歩きました。今回は「鬼平犯科帳を歩く」と称して、鬼平ゆかりの地を訪ね歩きます。地下鉄九段下をスタートして以下のルートで、押上駅まで約23kmの旅でした。 地下鉄九段下〜清水門外(長谷川平蔵役宅)〜鎌倉河岸〜江戸橋(船宿・加賀や) 9時に九段下を出発して先ず清水門に行きます。役宅があったとされる清水門外には千代田区役所の高層ビルが建っています。更にビル群を潜りぬけて鎌倉河岸を横目に江戸橋まで歩きます。平蔵愛用の銀煙管を盗み出す船頭・友五郎がいる船宿・加賀やはこの近く。 木挽町砂場や歌舞伎座のある辺りが平蔵の上役であった京極高久の上屋敷。更に勝鬨橋を渡って石川島に入り人足寄場へ。ここは長谷川平蔵が建言して出来た、無宿人を職業訓練させて社会復帰させる施設。その後、この場所は石川島造船所を経て今では超高層マンションが立ち並ぶ一大ベットタウンに変貌しています。更に歩を進めて深川へ。お不動様にお参りした後は魚屋「冨水」で昼食。八幡様を経ていよいよ平蔵ゆかりの密偵たちを訪ねます。 清澄公園を過ぎて佐賀町2丁目辺りが御用聞き・仙台堀の政七の家。近くに太平洋セメントの工場があり「セメント工業発祥の地」の記念碑がありました。霊厳寺を過ぎて扇橋の近くに密偵・小房の粂八のいる船宿・鶴やがあったはず。少し戻って三ツ目通りを進み、菊川駅A3出口に長谷川平蔵住居跡の銘板が立っています。これによると、実在の長谷川平蔵は寛政7(1795)年にこの地で没した後、孫の代に屋敷替となり、代わって入居したのが遠山左衛門尉影元(遠山の金さん)だそうです。 更に進んで弥勒寺へ。この近くにお熊婆さんのいる茶店・笹やがありました。 少し戻って、緑4丁目の五柱稲荷の近くにある平蔵の旧宅へ。そして三つ目通りを進んで相模の彦十の長屋を過ぎると法恩寺橋。平蔵が青春時代に剣の修行に励んだ高杉銀平道場を思いながら法恩寺へ。三重塔がある立派なお寺ですが、鬼平犯科帳「尻毛の長右衛門」舞台となったと記してある案内板には驚き。最後は岸井左馬之助が寄宿していたという春慶寺ビルに到着して今回の旅を終わりとしました。 押上駅近くでは東京スカイツリーの建設が進んでおり、かなり高くなってきました。でも、近くに飲み屋が無いので、浅草まで行き、ホッピー通りで一杯ひっかけて帰宅としました。 |
