7時半に宿を出発、閑谷学校を目指します。小雨が降る中、八木山から右に入って山道へ。鏡石神社を経ていよいよ閑谷学校に向かいますが案内が少ないのが少し気になります。2時間もあれば着くと思っていましたが、なかなか着きません。アップダウンがきつく、道も荒れていて非常に歩き難い。案内表示はあっても数字のみ。
その間、鉄塔をいくつも越えています。おかしい・・・。
目印になる池も出てきません、何かおかしい・・・。

ひょっとすると・・・。地図を見ると山道と交差するように送電線が走っています。
案内の数字は鉄塔の番号?。やはり鉄塔を保守する為の道に迷い込んだようです。でも、北の方に向かっているので、民家のある方向。このまま進むしかありません。やっとの思いで下りると、出発点の三石の近く。逆U字型に歩いて出発点から1km位しか進んでいないことが判りました。でも、癪だから気を取り直して一般道で行くことにしました。
1125分に閑谷学校着。予定より2時間遅い到着です。先ず、トイレに行って汗でびっしょりになったシャツを着替え、汚れに汚れた靴をゴシゴシ洗います。すっきりしたところで見学です。

閑谷学校は備前藩主池田光政が寛文10年(1670)に、庶民の為の学校として創建したもので、現存する建造物としては世界最古のもの。殆どの建造物が国宝、重要文化財に指定されています。講堂(国宝)は入母屋作りで、屋根は備前焼瓦で雨に濡れてきれいに映っていました。校門は鶴鳴門とも呼ばれ鯱をのせています。更に特徴的な石塀があります。石組みは「切り込みはぎ式」と呼ばれる精巧なもので独特の景観を演出しています。敷地の中に人工で造った樹木が茂らない丘(火除山)があります。重要な建物は全てこの丘の東側にあり、丘の西にある学舎や学房(寄宿舎)からもし出火しても絶対に東には及ぼさないためのものです。

300円の入場料を払うと案内アナウンスの入ったカセットレコーダーを貸してくれるのもなかなか心地よいものでした。
ここまで来るのに苦労しましたが、やはり来て良かったと感じました。

帰りは、一番近い山陽本線の吉永駅まで歩き、姫路経由で帰宅の途につきました。新幹線で一人宴会を開きながら、今回の旅の反省をしました。

光明寺 鏡石神社
閑谷遂道 校門 講堂
備前焼瓦 聖廟 閑谷神社 石塀
火除山 講堂正面 石塀越し
時間   場所
7:20 旅館出発
   
7:35 光明寺
   
8:20 鏡石神社
   
11:25 閑谷学校
   
13:30 吉永駅
   
  帰宅
   
   
第10日目  2020.05.10(月)
 三石〜閑谷(しずたに)学校〜吉永駅   11.8km  GPS20.0km 
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