ぶんなげ


| 米川駅〜今市宿〜呼坂宿〜久保市宿〜花岡宿〜徳山宿 24.1km |
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7時半にホテルを出て、8時40分に米川駅を出発。 高水駅で休憩をして10時に橿原神社をお参り、すぐ先に呼坂宿本陣跡の河内家があります。10m先には脇本陣を勤めた河内家の立派な住居もあります。 10時半に長い石段を登って熊毛神社に到着、この神社は式内神社だが、創立年代は不詳という。ただ、奈良時代の天平10年(738)の「周防国正税帳」に熊毛神社の記述があるので相当に古い神社です。若い宮司と少し話をすると近くに秀吉が手を洗い、身を清めた手洗川の碑があるとのことで、早速行ってみました。文禄元年(1592)朝鮮出兵の際に秀吉が羯磨八幡宮(現 熊毛神社)に立ち寄り勝利を祈願、翌年大阪への帰り道に再び戦勝のお礼参りをした時にこの川で手を洗い、身を清めた心を清めたとのこと。それ以来、この川を「手水川」(ちょうすかわ)と呼ぶようになり、現在では「手洗川」と呼んでいるとのこと。 11時50分に久保市宿の由加神社を通過、ただ本陣跡は表示が無く判りませんでした。 花岡八幡宮の手前に銘酒金分銅醸造元があります。花岡八幡宮は、和銅2年(709)に豊前国宇佐八幡宮の分霊を勧請して創建、境内には藤原鎌足が建立したという閼伽井坊塔婆(多宝塔)が立っています。丁度七五三の時期で拝殿では参拝客の前で神主が祝詞を上げていました。暫く進むと、防長鶴を作っている小さい酒蔵山縣本店があります。 更に進んで、15時20分に遠石八幡宮に到着。ここは、推古天皇30年(622)春、豊前宇佐八幡宮の分霊を祀ったことに始まり、和銅元年(708)この地に社殿を造営したのを創建とするという古い神社。ここでも七五三のお参りが行われていました。 徳山に入り、15時50分に大成寺に到着、ここは徳山藩主の菩提寺で藩祖毛利就隆はじめ50基余りの墓碑が並んでいます。桜馬場通りの徳山小学校前に「旧藩学館跡」碑や桜馬場の説明板がありました。街並みを散策した後、ホテルへ。夜は昨日行った居酒屋へ。バンド仲間が多く来店するらしく、店内には沢山の色紙が飾ってありました。 |
| 時間 | 場所 |
| 07:30 | ホテル発 |
| 08:40 | 米川駅発 |
| 09:30 | 正覚寺 |
| 10:00 | 呼坂宿本陣 |
| 10:30 | 熊毛神社 |
| 12:20 | 昼食 |
| 13:15 | 花岡八幡宮 |
| 14:10 | 山縣本店 |
| 15:10 | 遠石八幡宮 |
| 15:50 | 大成寺 |
| 17:00 | ホテル着 |
| 18:00 | 「ぶんなげ」 で一杯 |