東海道第二十二日目 2006.12.09(土)
      大津宿〜三条大橋    11.8km

いつもの通り、6時前に家を出て、「ひかり363号」で京都へ、大津駅に戻って11時から歩き始めた。
先ず大津宿を散策、「此附近露國皇太子遭難之地」の石標があった。明治245月、国賓として来日したニコライ皇太子を警備に当たっていた津田巡査が斬りつけ負傷させたところだそうだ。大津本陣跡は道路に本陣跡の表示が埋められているだけ、意外と呆気ないものだ。

暫く歩くと、蝉丸神社下社に着く。小学生の時に覚えた百人一首の「これやこの ゆくもかえるも わかれては 知るも知らぬも 逢坂の関」の碑があった。そして逢坂の関跡を越えると、日本一のうなぎ「かねよ」の看板がある。最後の昼食でもあるので、ここは頑張ってうなぎを食べた。旨かったが日本一かどうかは判らない。更に進んで山科を過ぎると天智天皇御陵がある。最後の紅葉と静寂な一瞬を過ごした。後は蹴上までだらだらと登りながら、三条通りを進む。

そして1450分に三条大橋に到着した。
家族と京都に住む知人の出迎えを受け、三条大橋の袂にある弥次喜多の銅像を見て長かった東海道五十三次の旅を終了とした。

夜は先斗町の居酒屋で祝宴を開き、その後は女の子のいるカラオケへ、更にバーに行ってジャズを聴き、最後はラーメンで締め。京都の夜を堪能してホテルに戻った。

これまでの旅を総括すると次の通り。

@    期間  20051210日〜2006129

A    日数  23日間 (内、東海道は22日間)

B    距離  527km (内、東海道は495km

C    歩数  932千歩

ハロードーリイ

かねよ

大津駅 町並み 本陣跡 蝉丸神社 歌碑
逢坂の関跡 月心寺 天智天皇陵
出迎え 三条大橋 弥次喜多と 宴のあと
時間 場所
   
5:55 自宅発
   
11:00 大津駅発
   
  <大津宿>
   
12:20 昼食
  (うなぎ「かねよ」)
   
14:50 三条大橋着
 
   
  先斗町「連」で祝宴
  先斗町「ハロードーリー」」