
| 四国遍路52日目 2014.03.29(土) 31.1km |
| 宿7:20→76番金倉寺7:40→77番道隆寺9:00→丸亀城10:20→78番郷照寺11:45→八十場の水13:40→79番天皇寺→松浦寺15:10→国分駅17:00→宿17:40 |

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76番金倉寺は天台宗寺門派の寺、本堂と大師堂の造りが良く似ていました。77番道隆寺の手前の家で小さなお地蔵さんをもらいました。この家の身障者の息子さんが作って歩き遍路にお接待しているとのこと、優しい顔をしています。道隆寺の仁王門、仁王像は四国霊場で最大級といわれるだけあってなかなか立派でした。 次の郷照寺に行く途中に丸亀城に立ち寄りました。丸亀城は生駒氏が慶長2年(1597)から5年をかけて西讃岐の支配のために築城したが、一国一城令により廃城。その後生駒氏の転封により讃岐は東西に二分、西讃の拠点として山崎氏がその城跡に寛永20年(1643)より築城を開始した。山崎氏絶家後は京極氏が入封し明治維新を迎える、とありました。美しい石垣を持ち、三重三階、入母屋造りの天守閣は現存する木造天守12城のうちのひとつで、大手一の門、二の門と共に国の重要文化財。桜が咲き始め丸亀市内を一望できます。 長楽製麺所で讃岐うどんの昼食。その後、坂出の街を歩いていると女性から500円のお接待を受けました。暫く進むと番外「八十場の水」、伝説によると日本武尊が兵士88人を率いて瀬戸内海を荒らしていた悪魚を退治しにやってきたが、悪魚の毒で倒れてしまった。そこでこの地の泉から汲んだ水を飲ませたところ兵士は息を吹き返し、悪魚を退治できた、とあります。また、崇徳上皇が亡くなった際、遺体を20日間、八十場の水に浸され、腐敗することなく保管されたと伝えられています。ここで名物清水屋のトコロテンを食べ小休止。 79番天皇寺は崇徳上皇ゆかりの寺。保元の乱で敗れて讃岐国に流され失意のうちに崩御、その霊を慰めるために造営された白峯宮が同じ境内に建っています。又、崇徳上皇の御陵とその菩提を弔う頓証寺殿は81番白峯寺にあります。ここから番外松浦寺に向かいます。松浦寺は弘法大師が厄除祈願の秘法を修し、堂宇を建立したのが起こりといわれる由緒ある寺ですが、今はかなり荒れていて、桜だけが満開でした。 少し雨が降っている中、ここから約7㎞歩いて国分駅へ。今日の宿がある坂出に戻って投宿しました。同宿は4人、珍しく全員が初めての歩き遍路でした。このうちの夫婦連れが、2日前の宿で話題になったこととして、「初めての遍路で八十八ヶ所だけでなく、別格20ヶ所や番外霊場全てを回っている凄いお遍路がいる」と話していました。「あのー、それ私です」と言うと「えっ!!」 |